【図解】「観光冷戦」は本当に起きているのか――高市内閣発足後にみる、訪日外国人客の構造変化
- 皓茹 湯
- 2025年12月29日
- 読了時間: 13分
更新日:2025年12月30日
はじめに|「日本離れ」ではなく、「誰が来ているか」が変わっている
高市早苗内閣の発足以降、日本政界では台湾海峡情勢や対中関係、地域安全保障をめぐる発言が目立つようになった。こうした政治的シグナルは、すでに観光の実態にも反映され始めているのだろうか。
結論から言えば、日本全体として「訪日観光が冷え込んだ」と言える状況ではない。しかし、国・地域別に目を向けると、明確な変化が浮かび上がる。中国および香港からの訪日外客の伸びが鈍化、あるいはマイナスに転じる一方で、訪日外国人客全体の総数は減少しておらず、他の主要市場が日本観光の基盤を支えている。
こうした動きは、しばしば「政治が観光に影響した」という一言で説明されがちだ。本稿が問い直したいのは、より精確な設問である。
これは一時的な政治的ノイズなのか。
それとも、日本の観光構造そのものが変化しつつある兆しなのか。
本稿では観光産業に焦点を絞り、日本政府観光局(JNTO)の公式データを基に、高市内閣発足前後の主要国・地域別訪日客数の変化を検証する。検討する論点は次の三つである。
中国人観光客の減速は「異例」なのか、それとも長期的トレンドの一部なのか
政治手段は主因なのか、加速要因なのか、それとも事後的な説明に過ぎないのか
日本の観光産業はすでに「中国依存」からの分散化を始めているのか
国・地域別訪日客数の推移――総量の縮小か、それとも構造の組み替えか
実数ベースで見る限り、2025年後半以降も日本全体の訪日外国人客数は大きく落ち込んでいない。

🇨🇳 中国
2025年7~8月は高水準を維持したが、
9~11月にかけて明確な減少
🇹🇼 台湾、🇰🇷 韓国
大きな落ち込みは見られず、比較的安定
🇺🇸 🇪🇺 欧米
規模は小さいものの、推移は安定
特に注目されるのは、8月に中国人訪日客数が年内のピークを記録した後、9月以降急速に縮小し、10月には韓国に抜かれ、11月には台湾とほぼ同水準にまで接近した点である。この時点で、中国は単独で突出した主要市場ではなくなり、他市場と並ぶ存在へと位置づけが変わった。
一方、台湾・韓国・欧米市場では同様の下落は確認されていない。これは、直近の変化が「日本観光全体の失速」ではなく、市場ごとの分化が進んでいることを示している。
構造的なシグナルがこの図で表されている。
すなわち、日本観光が直面しているのは「総量の減少」ではなく、訪日客の出身地構成が再編されつつある局面といえる。
国・地域別前年同月比――中国人観光客の減速は「通常の変動」を超えているか
人数の推移だけでは捉えにくい変化を、前年同月比で確認すると、傾向はより明確になる。

2024年末から2025年初頭にかけて、中国人訪日客はまだコロナ後の反動増を背景に、前年比100%超の高い伸びを示していた。しかし、2025年半ば以降、状況は急変する。
2025年6月以降、前年比の伸び率が急速に低下
2025年11月には約3%にまで落ち込み、ほぼ横ばい水準
香港からの訪日客の動きは、さらに顕著である。
2025年11月、香港からの訪日客は前年同月比マイナス8.57%
主要市場の中で、変動幅が最も大きく、減少傾向が最も明確
2025年に入って以降、香港市場が前年同月比でプラスを維持した月はわずか二度にとどまり、それ以外の多くの月で明確な減少が確認されている。結果として、香港は主要訪日市場の中でも最も不安定な推移を示す地域となった。
これに対し、台湾、韓国、米国といった主要市場では、月ごとの増減は見られるものの、全体としては一桁後半から二桁前半のプラス成長を維持しており、同時期に一斉に減速する兆候は確認されていない。
こうした対照的な動きから、次の疑問が浮かび上がる。
世界景気の急変でも、日本観光の魅力低下でもないにもかかわらず、なぜ減速の影響が中国および香港に集中しているのか。
渡航自粛」呼びかけにとどまらない影響――ビザ政策が示唆するもの
こうした動きと重なる時期に、日本経済新聞をはじめとする複数の日本メディアは、中国の旅行会社幹部や業界関係者の話として、中国政府が日本向け観光ビザの発給について、「実質的な減量」を求めていると報じた。減少幅は 約40% に上るとされている。
これらの報道によれば、影響は団体旅行向けの枠にとどまらず、全体の8~9割を占める個人観光ビザについても、審査の厳格化や発給数の抑制といった形で表れているという。
現時点で中国政府が公式に事実関係を認めたわけではない。ただし、複数の業界関係者の証言は概ね一致しており、少なくとも実務レベルでは、すでに一定の制限が反映され始めている可能性が高い。
仮にこれらの情報が事実であれば、最近の中国人訪日客の減速は、単なる消費者心理の変化にとどまらず、行政・政策面からの直接的な影響を受けていると考える余地がある。これは、高市内閣の発足以降、対中関係をめぐる政治的シグナルが強まる中で、観光データの変化が特定の市場に集中して表れている理由を部分的に説明するものでもある。
言い換えれば、問題は「行きたくないかどうか」だけではなく、「行けるかどうか、実際に行ける環境が維持されているか」という制度的要因が、統計に影響を及ぼし始めている可能性がある。
では、こうした事態が日本経済に与える影響を、専門家はどのように見ているのか。
日本銀行政策委員会審議委員を務めた経験を持つ野村総合研究所の木内登英氏は、同研究所の分析の中で、仮にいわゆる「観光冷戦」が現実化した場合の影響を試算している。
消費への影響: 中国および香港からの訪日客による「自粛」が1年間続いた場合、日本の観光消費は約1.79兆円減少する可能性がある。
GDPへの影響: これは日本の名目GDPを約0.29%押し下げる規模に相当する。
主要訪日市場の構成比の変化:中国はもはや唯一の支点ではない
一方で、視点を「人数の多寡」から「構成比」へと移すと、最近の訪日観光の変化はより鮮明になる。

主要な訪日市場の構成比を見ると、中国人観光客は依然として重要な市場であるものの、その割合はもはや拡大を続けておらず、2025年中盤以降は明確に低下傾向を示している。これに対し、台湾および韓国の構成比は概ね安定して推移し、香港は人数と同様に比率面でも弱含んでいる。
これは、訪日客数の総量が高水準を維持しているにもかかわらず、日本のインバウンドが内部構造の調整局面に入っていることを示唆している。
なお、補足すべき点として、欧州市場については10月、11月分の公式統計が現時点では完全に出揃っていない。ただし、先行する数カ月の動向を見る限り、欧州主要国の累計前年比は台湾、中国、韓国、香港を上回る水準で推移しており、かつ変動幅も比較的小さく、安定的な成長傾向を示している。
仮に欧州分のデータがすべて反映された場合、「その他市場」の構成比はさらに上昇する可能性が高く、その分、台湾・中国・韓国・香港といった主要アジア市場の構成比は、実際には現在の図表よりもやや低くなると見込まれる。
言い換えれば、現時点の構成比データは、中国市場の重要性を過大評価しているわけではなく、むしろ欧州や非東アジア市場が果たしている下支えの役割を、なお過小評価している可能性がある。
この点は極めて重要だ。最近の変化は単に「中国人観光客が減った」という話ではなく、日本のインバウンドが知らず知らずのうちに、特定の単一市場への依存度を引き下げつつあることを示している。仮に一つの大型市場が変調をきたしても、他の市場が補完することで、全体としての急落を回避できる構造が形成されつつある。
こうした構造的背景があるからこそ、政治要因の影響は全体ではなく、特定市場に対して選択的に現れる。影響を受けているのは、構成比が縮小局面にあり、かつ政策シグナルへの感応度が高い市場であって、観光業界全体ではない。
累計前年比の推移:短期的な変動は、長期トレンドをまだ覆していない
前述の前年比や実数の変化が「どの市場が冷え込んでいるか」を示すものであるとすれば、累計前年比は、より長い時間軸から今回の変化が一時的なノイズなのか、それとも構造的な反転の兆しなのかを見極める手がかりを与えてくれる。

2025年11月時点の累計前年比は以下の通りだ。
🇨🇳 中国:+37.46%
🇺🇸 米国:+22.12%
🇹🇼 台湾:+11.20%
🇰🇷 韓国:+6.73%
🇭🇰 香港:-7.16%
累計ベースで見ると、中国人観光客は依然として約37%のプラス成長を維持しており、パンデミック後の回復トレンド自体が崩れているわけではない。台湾や米国といった市場も、10~20%台の安定した成長レンジを保っている。
これに対し、香港は主要市場の中で数少ない累計ベースでのマイナス圏に入っており、その減速が単月の振れではなく、一定期間にわたって続いていることを示している。
このデータが示す重要なポイントは明確だ。
現時点での減速は、訪日観光全体の「長期トレンドを逆転させる段階」には至っていない。
言い換えれば、2025年後半に中国・香港市場で明確な減速が見られたとしても、時間軸を広げて捉えれば、日本のインバウンド全体の成長基調は維持されている。ただし、市場ごとに回復の速度や政治・政策への感応度に差が生じ始めている点は見逃せない。
この構造から見る限り、政治要因を単一かつ直接的な「主因」と位置付けるのは難しい。むしろ、政治は既に存在していたトレンドを加速・増幅させる要因として作用している可能性が高く、全体の方向性を根本から転換させる力を持つ段階には至っていない。
【深掘り】実際に影響を受けている地域はどこか──データの背後にある観光現場
全国ベースの統計を見る限り、日本のインバウンドは全面的な後退局面に入ってはいない。しかし、それは影響が均等に分散していることを意味しない。実際には、中国・香港市場への依存度が高かった地域や産業を中心に、すでに明確な調整圧力が生じている。
最近の日本メディア報道や業界資料で、繰り返し言及されている主な影響地域は以下の通りだ。
① 関西圏:団体客減少、回復ペースは最も鈍い
関西(大阪・京都・奈良)は、長年にわたり中国人団体客の比重が最も高い地域
団体旅行の縮小や個人旅行向けビザの審査厳格化により、飲食、土産物、観光バス関連産業が先行して影響を受けている
2025年下半期以降、自治体や業界からは次のような声が相次いでいる:
団体客の明確な減少
旅行会社によるツアー縮小
繁忙期にもかかわらず宿泊稼働率が想定を下回る
東京と比べ、欧米の長距離個人旅行客を吸収する力が相対的に弱く、短期的な代替は容易ではない
👉 「人が来ていない」のではなく、「来る人が変わった」ことで、消費構造の違いが表面化している。

② 京都の宿泊業:稼働率は維持、単価が先に下落
京都市内の多くの宿泊施設は、これまで中国・香港市場への依存度が高かった
業界関係者によれば:
台湾や欧米客が一定程度補完している
ただし、平均滞在日数や消費行動は大きく異なる
その結果:
客室稼働率は維持
客単価や付帯消費が先行して低下
👉 構造転換の初期段階では、「空室」よりも「価格の下落」として現れるケースが多い。
③ 百貨店・免税業界:カード決済データが先行して冷え込み
百貨店や免税店は、変化を最も早く感知した業界の一つ
メディアや業界関係者の指摘では:
中国人観光客によるカード決済額の前年比伸びが明確に鈍化
高価格帯商品(高級ブランド、家電、化粧品など)の販売に圧力
特に影響が顕著なのは:
関西空港周辺
京都市中心部の百貨店
👉 来店客数が一定水準にあっても、「買うかどうか」「いくら買うか」が変化している。
④ 静岡県など地方観光地:団体客の空白が最も埋まりにくい
静岡県(富士山周辺)は、中国人団体客への依存度が高い地域
自治体・観光事業者からは:
団体予約のキャンセル・延期
観光バス行程の減少
他国からの訪日客が増えても、以下の点で完全な代替は難しい:
団体客による一括消費規模
地元飲食・土産物需要の下支え
団体客減少後、地方型の温泉旅館や観光ツアー事業者は調整を迫られている
👉 地方観光においては、台湾・欧米の個人旅行客が増えても、
行程が分散し、消費形態も異なるため、短期的な代替は限定的となる。

構造的な強さは「無傷」を意味しない
これらの事例が示しているのは、次の点だ。
日本の観光が「全体として崩れていない」ことと、「すべての地域が同じように耐えられている」ことは、別問題である。
全国統計では市場の分散が進んでいることが確認できる一方、
地域レベルでは、特定市場への依存度が高かった場所ほど、構造転換の痛みを引き受けている。
本当の衝撃は、往々にして既存構造の最も脆い部分に現れる。
【深掘り2】政治要因はトレンドの「主因」か、それとも後付けの説明か
時系列で見ると、政治要因を主要因と断定するには、慎重な検討が必要だ。
人員数および前年比のデータによれば、中国・香港市場の減速は、2025年9月にはすでに始まっている。一方で、高市早苗氏が首相に就任したのは10月23日であり、時点は必ずしも一致しない。
旅行行動には、事前の計画、ビザ取得、航空券手配といった時間的ラグが伴う。仮に政治的発言が直接的な引き金であれば、統計上は一定の遅行反応として現れるのが一般的であり、事前に数字が動くケースは考えにくい。
このことから浮かび上がるのは、政治要因は今回の下落の起点ではなく、すでに生じていたトレンドを説明・正当化するための枠組みとして用いられている可能性である。
中国・香港市場の減速は、
ポストコロナ期の高い比較基準の消化
(中国・香港)地域経済の減速
海外旅行先の分散
中国国内の観光政策や消費行動の変化
といった複合的な構造要因の影響を、すでに受けていた可能性がある。その上で、政治的緊張の高まりが、後から「決定的な理由」として語られている側面は否定できない。
この見方は、政治要因を否定するものではない。むしろ、短期的な政治イベントに過度に原因を求めることで、より重要な長期的構造変化を見落とす危険性を示唆している。
まとめ|政治は「起点」ではなく、「解釈」として機能している
人員数、前年比、時系列を総合的に見ると、最近の訪日外国人観光客の変化は、
「高市内閣の発足によって日本観光が打撃を受けた」という単純な物語ではない。
データでは、日本全体の訪日客数は構造的な下落局面には入っておらず、下回るのは、中国・香港という政治シグナルへの感応度が高い市場に限られる。そして、その減速の兆しは、政治イベント以前から現れていた。
このことは、政治要因が既存トレンドを拡大・加速、あるいは「解釈」する役割を果たしている可能性を示している。
政治が無関係というわけではない。特定市場においては、「行くかどうか」「行けるかどうか」を左右する選択的な影響力を持つことも事実だ。
最も、今回の変化が日本観光に突きつけている問いである。
単一源(国)が揺らいだとき、日本の観光はどこまで耐えられる構造になっているのか。
今後の焦点は、中国市場が戻るかどうかではない。
観光客の出身国が分散し、政治・地政学リスクが常態化する中で、日本の観光が特定市場依存から、より分散的で耐性のある構造へ移行できるかにある。
2026年の春節は、その重要な検証点となるだろう。
仮に中国人観光客が従来ほど戻らなくとも、日本全体のインバウンドが成長を維持できるのであれば、今回の「政治を契機とした変動」は、結果的に日本観光の構造転換を促す転機となる可能性があるかもしれない。
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(本文參考資料來源:日本政府觀光局 (JNTO)、日本經濟新聞、野村綜合研究所、讀賣新聞)

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